Report
【連載】TECH-MAG 研究室レポート
この研究が未来を創る vol.01
取材日:2019.12.03
リチウムに代わる次世代電池
「ナトリウムイオン蓄電池」
東京理科大学 駒場慎一
「常識」がひっくり返る瞬間を
追い求めて
vol.
01
OPENING
スマートフォンなど、皆さんの身近にあるさまざまな携帯機器には「リチウムイオン蓄電池」が使われています。しかし、リチウムは希少な資源であり、資源確保が難しくなる可能性もゼロではありません。そのため、リチウムに代わる「次世代電池」の開発が求められています。
そうした次世代電池の中で注目されているのが、ナトリウムを用いた「ナトリウムイオン蓄電池」。今回は、このナトリウムイオン蓄電池研究のトップランナーである、東京理科大学 理学部第一部 応用化学科の駒場慎一教授にお話を伺いました。
Profile
駒場 慎一(こまば しんいち)
東京理科大学 理学部第一部 応用化学科教授。
早稲田大学大学院理工学研究科応用化学専攻 博士課程修了。日本学術振興会特別研究員、岩手大学助手、CNRS ボルドー固体化学研究所(フランス)博士研究員を経て、2005年から東京理科大学へ。2013年より現職。平成26年度日本学術振興会賞,平成31年度科学技術分野の文部科学大臣表彰・研究部門などを授賞。
自然界に豊富にあるナトリウムが電池になる
先生が研究している「ナトリウムイオン蓄電池」について教えてください。
ナトリウムイオン蓄電池は、その名のとおり「ナトリウム」を用いた蓄電池です。リチウムイオン蓄電池は、正極と負極の間をリチウムイオンが移動することで充放電が起こりますが、ナトリウムイオン蓄電池は、正極と負極の間をナトリウムイオンが移動して充放電が起きます。ナトリウムは海水や地中にも岩塩として存在し、自然界に豊富に資源が存在するので、リチウムと比べて材料確保が容易なことが特徴です。
なぜナトリウムでも同じような働きができるのでしょうか?
元素周期表で隣り合う元素は似た性質を持っており、リチウムとナトリウムも隣り同士。そのため、リチウムの代わりにナトリウムを用いても、同じような働きをするのです。私たちの研究室では2005年からこのナトリウムイオン蓄電池の研究を続け、2009年には炭素の負極とマンガンを使った正極を開発し、世界で初めて100回以上の充放電に成功しました。現在ではリチウムイオン蓄電池に迫る性能が引き出せています。
常識がひっくり返った瞬間がうれしかった
研究を始めたきっかけを教えてください。
2004年に、九州大学の岡田重人先生が発表した「ナトリウムと鉄を組み合わせた電極の研究」の成果を学会で知ったことがきっかけです。鉄は毒性もなく資源が豊富で軽いという、電池の材料としては究極の元素ですが、リチウムと組み合わせた場合は電池の性能が十分に引き出せないため注目されていませんでした。しかし、岡田先生の研究によって、ナトリウムとの組み合わせなら十分な電圧が生み出せると分かったのです。
この研究を知ったこともあり、2005年に現在の大学に異動した際に「自分ならナトリウムイオン蓄電池が作れるのでは」と取り組むことにしました。ただ、周囲からは反対する意見もありました。過去に研究したけどうまくいかなかったからやめた方がいい、という研究者もいましたね。もちろん参考にしましたが、逆に解決すべき課題がはっきりとしていました。
風向きは悪かったのですね。
ナトリウムイオン蓄電池は、リチウムイオン蓄電池と同じ1980年代から研究されていました。しかし、電池性能を引き出すことがあまりに難しい上、リチウムイオン電池が先に成功したため誰も研究しなくなったという経緯があります。そのため「できっこない」と考えている人が多くいたのです。
それだけに、ナトリウムイオン蓄電池が動いたときはうれしかったですね。
「『できない』という常識がひっくり返った瞬間」ですから。
確かに30年前なら無理だったかもしれませんが、研究が進むにつれて物質の理解も進み、新しい合成法も出てきます。常識は変わるのです。
一点でもいいからリチウムイオン蓄電池を超えること
ナトリウムイオン蓄電池の課題はどんなことでしょうか?
リチウムイオン蓄電池に対して抜きん出た点を見つけることです。例えば、鉛バッテリーの電池システムは、毒性などの問題がありますが、とにかくタフで高温でも低温でも動くのが最大の特徴。温度への特性は群を抜いているので重宝されていますが、ナトリウムイオン蓄電池にはこうした点がありません。
しかし、私たちが研究を進める中で、ナトリウムでしか起こらない化学反応がいくつか見つかっています。この化学反応を用いることでより大きな「エネルギー密度」を確保し、1回の充電で長く放電できることが分かったのです。この点で、リチウムイオン電池を超えられるのではと考えています。
課題解決に向けてどのような取り組みをされていますか?
現在はこの特徴を伸ばすために、正極と負極に用いる材料の研究を進めています。ただ、自然界に存在する物質では性能を高めるのが難しいことが分かっているため、人工的に作るしかありません。毒性、資源、コストの点を踏まえて、正極はより多くのナトリウムイオンが動く結晶構造をデザインし、負極は同じくナトリウムをたくさん蓄えたり放出したりできる炭素を人工的に造り、日々実験を繰り返しています。
自分が切り開いた道が広がるのが研究者の醍醐味
先生の研究は世の中にどのような影響を与えるのでしょうか?
今後のエネルギー資源を大切にする社会で活用されるのでは、と考えています。例えば、最近では夜間電力を蓄電池にためておき、それを昼間に放出することでピークカットをする手段などが提案されています。
しかし、そのような大容量の電力をためるには、リチウムイオン蓄電池ではコストが高すぎます。その点、先ほどもお話ししたように、ナトリウムイオン蓄電池は、同じサイズのリチウムイオン蓄電池と比べて容量を大きくできる可能性があるので、利用されるかもしれません。
これをきっかけに多くの研究者がこの研究分野に参入し、今では世界中の研究者がナトリウムイオン電池用の材料の研究に取り組んでいて、研究現場では熾烈な競争が起こっています。二次電池は、今でこそ多くの研究者が取り組んでいますが、1980年代にはまだまだ新しい研究分野でした。そんな中、日本の企業が1991年にリチウムイオン蓄電池の実用化に成功しました。
時代の先駆者になった、ということですね。
そうですね。ナトリウムイオン蓄電池の研究は「成功するはずがない」という考えが多い中で成功しました。
同じように「うまくいくはずがない」と思われている研究が「ナトリウムイオン蓄電池がうまくいったから、もしかすると……」という考えで、他の研究に波及するかもしれません。それも、私たちの研究がもたらす影響だといえます。
課題が多いほど、それを乗り越えたときはうれしい
先生はカリウムを用いた「カリウムイオン蓄電池」の研究にも取り組まれていますね。
カリウムはナトリウムと隣り合った元素ですから、同じような化学的性質を持っています。
ただ、同じアルカリ金属としてカリウムに連なるセシウムやルビジウムは、資源も少なく原子も重すぎるので蓄電池への応用は現実的ではありません。
現状は水素、リチウム、ナトリウム、カリウムの4つがありますが、それぞれを比較することで、より性能を引き出すためのポイントが見つかるかもしれません。意外なツボが「革新」につながることもあるのです。
今後の展望を教えてください。
とにかく研究を重ねることですね。たとえ実用化されなくても
研究は続けようと考えています。理学として新しい何かを追い求めつつ、産業への応用も常に狙っています。
ただ、応用するには多くの難題が見つかるのが常です。しかし課題が残っていることも悪いことではないと思います。課題が多いほど、それを乗り越えたときはうれしいですし、インパクトが大きいですからね。
準備して待っていないとぼた餅をキャッチできない
最後に読者の高校生、大学生にメッセージをお願いします。
朝から夜深くまで好きに研究して、分からないことは徹底的に自分で調べて新しい発見に喜ぶ……大学での研究を振り返るとすごく楽しかったです。それで研究者を目指しました。化学の研究は頑張ればなんとかなります。当初の目標が達成できなかったとしても、予期しなかった新機能や新物質が発見できたり、不意に思いついたことで大きな成果が得られたりすることがあります。
そうして成果が出たときの達成感は格別の気分になれます。ただ、そのためにはしっかりと勉強し、努力することも必要。「棚からぼた餅と言うが、準備して待っていないとぼた餅をキャッチすることはできない」と昔誰かから聞いたことがあります。成功をつかむためには準備することが大事。
私がナトリウムイオン蓄電池を成功させた理由の一つに、電池の研究だけでなく、幅広い分野を学んだことが挙げられます。一つのことに集中するのではなく、広い視野でいろんなことに挑戦してほしいです。
NEW GENERATIONS INTERVIEW
大学の実験は自由度が高まり作りたいものが作れる
現在取り組んでいる内容を教えてください。
私が取り組んでいるのは「電池に用いる材料(無機固体)の開発」です。オリジナルの電池材料を作り、それがちゃんとできているのかを『SPring-8』などの外部の放射光施設で測定。ちゃんとできていれば電池として性能を測定という3ステップの作業を行っています。
どの作業が最も面白いと感じますか?
電池材料を放射光施設で測定し、結晶構造がちゃんとできているのかを確認するのも面白いですが、やはり思ったとおりの電池性能が出たときが非常にうれしいですね。
思わずガッツポーズしたくなるような瞬間はありますか?
作製した材料は、繰り返し充放電できるものは少なく、思った通りの容量性能を発揮しても、寿命が短いものがほとんどです。そんな中で、予想以上に長寿命の材料が得られると、「よし!」ってなります。報告会が楽しみになりますね。逆に良い物ができないと焦りますが……。
ただ、どんな結果であれ自分が作った材料が電池の形になるのは感慨深いです。
大学で研究することの魅力は何ですか?
中高の実験というと、ただ言われるままに作業を行うのがほとんどですが、大学では自分が望むものを自ら設計して作ることができます。これが大きな違いであり、魅力です。その分、責任も伴いますけど、楽しいですね。設備も中高とは大きく異なるので、最初に研究室にある機材を見た際は、確実にテンションが上がるはずですよ。
ENDING
次世代電池の一つとして大きな注目を集めているナトリウムイオン蓄電池は、多くの人が「無理だ」という逆境の中で成功した、まさに常識破りのイノベーションでした。リチウムイオン蓄電池に匹敵する性能を引き出せているとはいえ、実用化するにはまだ課題も多くあるとのこと。しかし、エネルギー資源を大切にする考えが広がっている昨今、実用化されれば必ず私たちの生活の助けになることでしょう。
文:中田ボンベ@dcp
写真:今井裕治