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国際化学オリンピック 日本代表選手強化合宿レポート
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国際化学オリンピック
日本代表選手 強化合宿レポート
2019年3月25日(月)・26日(火)TDKテクニカルセンターにて、国際化学オリンピックに選ばれた4名の高校生の実験スキルと知識向上を目的とした強化訓練が開催されました。研究開発拠点を使った今回の取り組みは、日本化学会、TDK共に初めての試みです。「失敗したら、途中ですぐに報告するように」とアドバイスをする講師陣。漏斗(ろうと)やビュレットを手に、緊張しながらも実験を進める高校生たち。テクニカルセンターの一室で、そんな緊迫した光景が繰り広げられながら、「世界の舞台で栄冠を」と目標を掲げた4人の高校生たちが大きな一歩を踏み出しました。
REPORT
真夏のオリンピック出場に向けてスタート
世界約80の国と地域から選ばれた高校生が集結する化学の祭典が「国際化学オリンピック」。2019年はフランス・パリでの開催となります。これまで日本は5大会連続で金メダルを獲得するなど、世界トップレベルの成果を残してきました。その輝かしい歴史を受け継ぎ、“先輩たちに続け”とばかりに全国から選ばれたのが、4人の高校生たち。真夏の本番を前に計4回の強化訓練合宿が行われる予定で、その第1回がTDKテクニカルセンターで開催されました。「TDKという会社のことは知りませんでした」(西野巧巳さん)と、高校生にとってはなじみの薄い存在だったようですが、「来てみたら、こんなにも充実した実験室があるなんて驚きました」(平嶋瞭一さん)と、普段は企業のR&Dセンターに足を踏み入れることなどない高校生の皆さんにとっては、テクニカルセンターで過ごすこと自体、とても新鮮な経験だったようです。
厳しい課題に挑み、成長を実感
強化訓練合宿はホテルでの一泊をはさんで、2日間にわたって行われました。4人が顔を合わせるのは初めてということで、最初は緊張気味でしたが、そこは志を同じくする未来のサイエンティストたち。すぐに打ち解け、早速実験をスタートさせました。
初日は、「有機分析化学実験」。薬であるアセチルサリチル酸(アスピリン®)の錠剤の中にこの化合物がどのくらい含まれているかを検出する実験が行われました。
2日目は「無機錯体合成実験」。難易度の高い実験ですが、行われた内容の一部をご紹介します。
<無機錯体合成実験とは?>
次の反応式を理解した上で、3種類の錯体を作成し、それぞれの錯体の蛍光の色を記録。
最後に、UV(紫外線)ランプを使ってどの錯体が50ユーロ紙幣のインクに用いられているかを特定する実験です。
STEP1
三角フラスコに0.70gのピリジン-2,6-ジカルボン酸と20 mLの純水を入れ、炭酸グアニジウムを加える。どちらの固体も溶解するまでかきまぜる。
STEP2
磁気回転子を入れてマグネチックスターラーで回転させ、混ぜながらピリジン-2,6-ジカルボン酸の1/3量のランタノイド塩の一つを入れ、その溶液を室温で1時間かき混ぜる。ランタノイド塩の3種類についてそれぞれ同じ手順で操作する。
STEP3
ろ過の前に、結晶を多くするために氷水で5-10分冷却した上で、その生成物を吸引瓶につないだブフナー漏斗を用いてろ集する。
注:ろ紙は裏表に注意する。紙の繊維が入らないように採取したい方をツルツルにした面にする。
STEP4
結晶を平らにならして、氷で冷やした少量の冷水で数回洗浄し、その結晶をブフナー漏斗上で5分間乾燥させる。(ポンプを使って空気を通す)
STEP5
乾燥した結晶をペトリ皿に移し、さらに80℃のオーブン(加熱乾燥機)で乾燥させる。
注:収量を計算しやすくするためにペトリ皿はあらかじめ秤量しておく。
STEP6
3種類の錯体の蛍光の色をUVランプを用いて観測する。錯体の蛍光(燐光)=発色する光の色は金属の種類で異なるので錯体に当てる紫外光の波長が同じでも別々の色が発色する。 例えば、赤色の物質はその表面が補色である緑の光を吸収しているが、ここでは白色の錯体が紫外光を吸収して赤色の光を発している。
STEP7
50ユーロ紙幣に紫外光を当てると、赤や緑など、いろいろな色が光っていることが観測される。これによっていくつもの錯体が紙幣のインクに使用されていることがわかる。
「国際化学オリンピックの本番では、5時間で3つの実験をやり遂げなくてはなりません。実験の本質を素早くくみ取り、いかにスピーディーに段取りを立てられるかがポイントです」と、日本化学会のオリンピック小委員会委員長の永澤明先生。そのため、的確に実験計画を立て、効率的に実験を進めていくスキルを磨くことが大きな目的です。ところが「見たことのない実験器具も多く、どれを使うか、どう使うか、戸惑いました」(大渕将寛さん)と、なかなか上手くいかなかった様子。微妙な操作に手が震えてしまう高校生もいて、そんなときは講師の先生がさりげなく手を添えて指導してくれました。また、実験中に黙々と目の前の作業に集中している様子の高校生たちを眺めて、「懐かしいね」と、サポートのために駆け付けた日本代表のOBの2人のから、微笑ましい声も聞こえました。
高校の部活では毎週のように実験をしているという末松万宙さんは「部活と違って、その場ですぐに結果を求められるのが国際化学オリンピック。緊張感を持って取り組むことができました」と、大いに刺激を受けたようです。初日・2日目とも実験の後は、講師の先生方の講義と実験講義、及び答案作成指導が行われました。長時間、集中を途切れさせることなく取り組んだ4人の高校生の皆さん。本番に向けて、最高のスタートを切ることができたようで、解散時には誰もが充実の表情を浮かべていました。
VOICE
学ぶ幸せ、挑む喜びを実感
両親とも化学の研究者です。 ところがなぜか僕は「化学に向いていない」と言われて、それが悔しくて、本気で化学を勉強するようになりました。 今回の強化訓練合宿では、最初は器具の扱いにも苦戦したのですが、次第にうまくいくようになったので、実験は“慣れ”が重要だと気づきました。 初対面の仲間と交流しながら進められたのも、いい刺激になりました。 将来は医学の道に進んで食物アレルギー研究の第一人者として世界をリードするような人材になりたいと思います。 そのために化学の知恵を活かせたらいいですね。
西野巧巳さん
東大寺学園高等学校
化学に興味を持つようになったのは小学校4年生の頃でした。 以来、問題を解くのが好きで、実験はあまりしてきませんでした。 だから今回は初めてのことばかりで、僕にとってはまさに“ぶっつけ本番”でした。 学校では先生の指導に従って進めればいいのですが、ここでは段取りから自分で考え、工夫しなければなせないのが、特に難しかったです。また、オリンピックの本番では、見やすくてわかりやすい答案の作成も重要であるというアドバイスもいただき、感謝しています。
大渕将寛さん
横浜市立南高等学校
本格的に化学の勉強をするようになったのは、中学2年生になってからです。先輩が化学の基礎問題を出題してくれたのがきっかけでした。 その問題を解くのがすごくおもしろくて、本気で取り組むようになったんです。高校では化学部に入部し、オリンピックの代表候補目指して参考書や問題集で勉強しました。 実験も好きで毎週のように進めていますが、今回の合宿では結果がその場で求められ、しかも精度も重要だったという点が、部活との大きな違いでした。母が薬剤師ですので、将来は薬学の研究に取り組みたいと考えています。一人者として世界をリードするような人材になりたいと思います。
末松万宙さん
栄光学園高等学校
合宿初日は難しいことばかりだと感じましたが、2日目には実験にもだいぶ慣れたというのが実感です。暗記よりも自分で考えて進めていく実験なので、わからないことを自分で解き明かしていくおもしろさを味わうことができました。実は、強化訓練合宿はTDKで行われると聞いたときは、“どうして?”と驚いたのですが、テクニカルセンターに来てみたら実験器具をはじめとする設備が想像以上に充実していてびっくり。TDKのイメージが変わりました。これからは化学にとらわれず幅広い分野の勉強を重ねて、いろんな可能性に挑戦したいと思います。
平嶋瞭一さん
灘高等学校
OTHER REPORT
講義・見学など
実験終了後の講義
TDKテクノスタジオ見学
TDK MAKER DOJO見学
MESSAGEfromTDK
国際化学オリンピック出場に向けた強化合宿に企業が協力するのは当社が初めてだと伺っています。「電子部品メーカーがどうして?」と思う方もいらっしゃると思いますが、TDKと「化学」には密接な関係があります。TDKはよりよい製品をつくるために材料から開発を行っています。そして、材料の特性をあげるために化学の知見は欠かせません。会場として提供させていただいたテクニカルセンターでも多くの化学専攻の社員が活躍しております。今回、代表に選ばれた4人の高校生にお越しいただけたことは当社としても大変刺激になりました。理系人材を応援しているTDKとして、少しでも力になれることがあったのなら、こんな嬉しいことはありません。
国際化学オリンピックで、また将来の科学技術の進歩を牽引していく人材として、ご活躍されることをTDK一同応援しております。
深沢 しほ
TDK 広報グループ
国際化学オリンピックとは
1968年に始まった、高校生の化学の国際大会。1年に一度開催され、今では世界80の国と地域から約300人もの高校生が参加して開催されています。大会は10日間開かれ、それぞれ5時間に及ぶ実験課題と筆記問題が出題され、成績優秀者には金・銀・銅のメダルが授与されます。第51回の今年はフランス・パリで開催。2021年には日本(大阪)での開催が予定されています。
参加するには
日本の初参加は2003年。以来、毎年4人の代表生徒が参加して、好成績を収めています。
生徒は日本国内の「化学グランプリ」に参加して上位の成績を収めるか、推薦によって代表候補に。その後、筆記試験、選抜合宿で選考が行われ、代表生徒が決定します。厳しい門をくぐり抜けた、文字通りの精鋭たちです。